| 「社会福祉法人 舞鶴学園」 沿革 |
■昭和21年/ 故山口勲氏が有志数人とともに「財団法人 日本青少年自彊学会」を創設し戦災孤児11名を引き取って保護したことが起源である。
■昭和21年10月13日/ 「舞鶴自彊学園」として保護認可を受ける。
■昭和23年3月/ 舞鶴市朝来に移転、元海軍工員宿舎11棟16戸に約50人を収容する。
■昭和23年/ 児童福祉法の制定により養護施設となる。
■昭和27年5月17日/ 「財団法人日本青少年自彊学会」を解散。社会福祉法人の認可を受けて施設の名称を「舞鶴自彊学園」から「舞鶴学園」と改める。
■昭和28年8月2日/ 舞鶴市字浜107番地の8に移転し、元海軍縫製工場を改修して生活を始める。定員70名。
■昭和44年3月/ 国庫補助を受けて第1児童棟および管理棟を新築。
■昭和45年5月/ 日本自転車振興会の補助を受けて第2児童棟を増設し、定員を100名とする。
■平成8年4月/ 地域での家庭生活体験と自立を目的として市内泉源寺に一般家屋を借り、児童4名と職員2名で養護施設分園型自活訓練事業を始める。また、一般家庭への支援事業としてショートステイ及びトワイライトステイの事業を開始する。
■平成8年10月/ 創立50周年を迎える。現在までに約900名余の子どもたちを送り出したことになる。
■平成9年4月/ 子育て支援短期利用事業推進のため専任職員を配置し、「舞鶴学園タンポポハウス」として事業の内容充実をはかる。
■平成10年1月/ 創立50周年事業として 大韓民国の児童福祉施設4カ所で学園児童による演劇公演をする。
■平成13年10月1日/ 創立55周年事業として市内泉源寺の地で認可保育所タンポポハウス(定員40名)を開所する。
■平成13年11月6日/ 創立55周年事業として市内字浜の地より市内泉源寺へ移転し保育所タンポポハウスとともに児童養護施設舞鶴学園(70名定員)の竣工式を行なう。これを機に児童養護施設は小舎制を導入して新たなスタートをきる。
■平成15年/ 保育所タンポポハウス 定員を60名とする。
■平成17年4月1日/ 児童家庭支援センター 「中丹こども家庭センター」開設